当科の特色
腹腔鏡手術支援ロボット「ダビンチ」
最新機種ダビンチXiによるロボット支援手術、1000例を超える実績とプロクター(指導医)資格認定
ロボット工学のテクノロジーは近年目覚ましい発展を遂げ、わたくし達は社会のあらゆる分野でその恩恵を享受できるようになりました。外科手術の分野で使用されている鏡視下手術支援ロボット「ダビンチ」は患者さんの体腔内に挿入したロボットアームを執刀医がコンソールで操作して手術を遂行するもので、これまでの腹腔鏡手術では到達できなかった高精度で精緻な手術操作を可能にしました。執刀医は高精細な3Dハイビジョンカメラの映像を見ながら人間の手の限界を超えた精密さと自由度で動くアームを駆使することができ、あたかも患者さんの体腔内に自分が入って顕微鏡手術を行っているような感覚で手術ができます。いってみればこれまで限られた手術の熟達者のみが到達できた精緻な手技の世界を広く日常の手術でも常に実現できるようにしてくれる器械、ということができます。
当院では2011年11月に腹腔鏡手術支援ロボット「ダビンチ」を道内ではじめて導入し、最近患者さんの数が激増している前立腺がんの根治的手術としてロボット支援前立腺全摘除術を開始いたしました。ダビンチ手術は出血が少なく患者さんの体力のご負担や後遺症が少ないことに加え、2012年4月には前立腺がんに対して保険適用が承認され健康保険でこの手術を行うことが可能となったことからロボット支援前立腺全摘除術は前立腺がんの標準的治療として定着し、これまでに当院でこの手術をうけた患者さんが969例(2022年6月現在)に達しました。さらに2015年5月、日本泌尿器内視鏡学会によるロボット手術指導者(プロクター)認定制度の発足に基づき、当科医師が北海道で最初のプロクター資格の認定を得ております。
2017年からは最新機種である「ダビンチXi」を導入し、泌尿器科はこれからもロボット手術の安全な施行とさらなる技術の研鑽、そして患者さんにやさしい低侵襲のがん治療の普及と推進につとめていきたいと考えています。
ロボット支援腹腔鏡下膀胱全摘除術
前立腺がん、腎がん(部分切除)に加え新たに、浸潤性膀胱がんに対してロボット支援腹腔鏡下膀胱全摘除術が2018年度から保険適用となりました。
当科では保険適用前の2013年からこの手術を行っており(道内初)、その実績から速やかに施設基準を満たし順調に症例を重ねています。従来の開腹手術と比較し出血量の減少、合併症の減少が報告されています。また、膀胱がんに関しては、2017年に新たに免疫チェックポイント阻害薬が転移性膀胱がんに対する二次治療薬として承認され、当科でも使用を開始しています。従来行われていたタキサン系を用いた二次化学療法と比較し生存率を延長させる報告があります。このように膀胱がんに対する治療は近年大きく変貌しつつあります。
ロボット支援腹腔鏡下腎部分切除術
腎臓がんの手術には、2つある腎臓のうち片方の腎臓を摘出する全摘手術と、腫瘍の部位のみを切除する腎部分切除があります。 腎部分切除術は正常の腎臓をより多く残せるので手術後の腎機能の低下が少なく、一方がんの根治性については全摘手術に比べて遜色ないことが医学的に明らかにされたため、最近では技術的に可能な数cmまでの比較的小さな腎がんに対する治療法として推奨される術式になりました。
実際に腎部分切除を行うには、腎臓の血管を一時的に遮断し、その間に腫瘍を切除した上で切除面を縫合して出血を止め、尿の漏れを修復します。このとき腎血管の遮断時間が長くなると手術後の腎臓機能が低下してしまうので、すみやかで確実な手術手技が要求されます。 最近では身体的な負担が少ない手術として腹腔鏡手術があらゆる分野で広く行われるようになっていますが、腹腔鏡による腎部分切除術は開腹手術に比べて利点が多いものの、鉗子の操作性の不自由さなどから腫瘍の切除や腎臓の縫合の難度が高い場合も少なくありません。このため、これまで症例によってはお腹を切って行う開腹腎部分切除術も並行して行われてきました。
当院では腎部分切除術においても道内初となる2013年からダビンチを使ったロボット支援腹腔鏡下腎部分切除術を開始しており、高精細な三次元画像を見ながら腹腔内で複雑で細かな手術操作が可能のため腎臓の阻血時間が短縮しより安全で身体への負担が少ない手術が行うことができるようになっています。そしてロボット支援腹腔鏡下腎部分切除術が2016年4月より保険適用となったため、当院では現在では比較的小さな腎臓がんで腎部分切除が可能な患者さんの標準的な術式となっており、これまでに216例(2022年6月現在)の患者さんに施行しています。
ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術
限局性の前立腺がんに対する根治療法として、手術による前立腺の全摘出は標準的な治療法として確立し、ガイドラインで推奨されています。これまでは開腹による前立腺全摘術が前立腺がん根治療法のスタンダードとし全世界で広く行われてきました。しかし腹部の創が大きく術後の痛みが強いこと、手術中の出血量が比較的多いこと、尿道と膀胱を精密につなげることが技術的に難しいこと、術後の尿失禁や 男性機能障害(勃起障害)の発現率が高いこと等の克服すべき問題点もはらんでいました。
これに対してロボット支援前立腺全摘術は、米国で開発された手術用ロボット「ダビンチ」を用いて腹腔鏡手術で前立腺全摘術を安全かつ高精度に行うもので、これは腹部に径0.5~1.2cmほどの穴(ポート)を6箇所開け、おなかを炭酸ガスで膨らまし(気腹といいます)、この穴から鉗子や内視鏡などの手術機器を入れて体外から操作をする手術です。
一般の腹腔鏡手術は、ポートから長い棒のような鉗子とよばれる手術器具を気腹したおなかの中に挿入して手術しますが、長い鉗子を体外から執刀医が操作するため、メスや剪刀の動き・縫合などの操作に制約があります。これに対し最新機種「ダビンチXi」によるロボット支援手術は、腹腔鏡のポートからロボットのアームがおなかの中に入り、執刀医は離れた操作部から立体的で精緻な内視鏡画面を見ながら、動きの自由度が高くきめ細かな作業性をもつロボットアームを自由自在に動かして手術を進めていきます。ただし、ロボットアームは医師の手指の動きを忠実かつ正確に患者さんの体腔内で再現するものであって、ロボットが自動的に手術を行うわけではありません。そのためこの手術は手術用ロボットの専門的訓練をうけた医師のみが行うことができるのです。
米国ではすでに2000台以上のダビンチが導入され、これまでに50万例以上のロボット手術が行われています。とくにロボット支援前立腺全摘術は安全性・確実性の面で従来の腹腔鏡下手術や開腹手術より優れていることが証明され、米国では前立腺全摘術は現在そのほとんどがダビンチによるロボット支援下で施行されるようになっています。またヨーロッパやアジア諸国の医療先進国でも急速に普及が進んでいたのですが、日本でも2009年に厚生労働省の薬事承認(医療機器としての使用認可)が得られてから全国で導入が進み、北海道内では2011年11月に当院で道内初の手術が行われました。2012年4月からは前立腺がんに対して健康保険の適用が認められ、現在は保険診療で手術をうけていただくことが可能になったため、わが国でもロボット手術が前立腺がん治療の標準手術になりつつあります。
【その特徴】
・傷が小さいため術後の痛みが少なく回復が早い:手術翌日から自力で歩くことができ、水分および食事摂取は翌日からとることができます。
・出血量が少ない:開腹による前立腺全摘手術の難点であった出血量が、ロボット手術では格段に少なくなりました。輸血が必要となる確率は当院では1%以下となっています。
・症例によっては前立腺周囲に走行している神経血管束を温存することが可能になりますので、術後の尿失禁がより少なく男性機能(勃起機能)の温存がはかりやすくなることが期待されます。
・前立腺がんの治癒率(治療成績)は開腹手術に比べて同等またはそれ以上と考えられています。
ロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術の実際
【適応】
転移のない前立腺がんが適応で、根治手術としてがんが前立腺の外には出ておらず、完全に治癒できる可能性がある時に行います。転移はないが局所浸潤が疑われる場合にも、次に述べるように放射線療法や内分泌療法の追加・併用を前提に行うことがあります。
【がんの根治性について】
早期がんや限局がんは一つの治療法のみ(単独療法)で根治を目指すのが原則ですが、手術の後に摘出された標本の精密な病理組織診断によりリンパ節転移や被膜・断端・精嚢などへの局所浸潤が明らかになることがあります。また前立腺がんの悪性度(グリソンスコア)は再発の可能性と予後を大きく左右する因子ですが、針生検では探知できなかった高悪性度の成分が全摘標本で発見されることもあります。一方前立腺全摘除術を行った後には、がんとともに正常の前立腺組織もすべて取り除かれるためにPSAは検出できなくなるはずですので、PSAの再上昇を監視していくことで前立腺がんの残存や再発をかなり早期に発見することが可能となります。このように前立腺全摘除術は術後の根治の診断や再発の監視がPSAにより厳密に行えることが特徴です。なお、病理組織診断は術後2週間で結果が出ますが、PSAの正常化は術後1カ月以降に評価と判定を行います。
【限局性前立腺がんのリスク分類】
手術のみでがんが完治できる可能性については手術前のPSAと針生検のグリソンスコアによって以下のようにある程度予測をすることが可能です。
* 低リスク癌(PSA10ng/ml以下かつグリソンスコア6以下):90%以上
* 中リスク癌(PSA10~20ng/mlまたはグリソンスコア7) :約80%
* 高リスク癌(PSA20ng/ml以上かつグリソンスコア8以上):約50%
手術の結果、病理所見で局所浸潤やリンパ節転移が見られた場合や、またPSAが正常化しなかったり再上昇を見た場合には、放射線療法または内分泌療法を手術後に追加することにより根治性を向上させることができます。
【手術の手順】
1. 腹部にポートを設置(径5~12mm、6カ所)
2. 設置したポートに手術ロボット・ダビンチXiを装着(ドッキング)
3. 前立腺前面を剥離し膀胱との間を離断
4. 精嚢の剥離と精管の切断
5. 前立腺と直腸前面との間を剥離
6. 尿道切断し前立腺を精嚢と一塊に全摘除
7. 閉鎖神経周囲のリンパ節郭清
8. 膀胱尿道吻合し手術を終了(手術時間は概ね約3~4時間を予定しています)
【本手術の危険性】
開腹による前立腺全摘除術でおこりうる危険性や合併症としては、手術中の出血、感染症(手術創、術後の呼吸器感染等)、直腸を含む周辺臓器の損傷など、術後には尿失禁、吻合部狭窄および吻合部不全、尿瘻や性機能不全があります。稀にみられる重篤な合併症としては深部静脈血栓症、肺梗塞や輸血の合併症が有りえます。
これらの開腹手術による危険性や合併症、後遺症はロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術でも同様におこりえると考えられます。しかしロボット手術により高精度の手術が可能となったことで合併症や後遺症の程度や頻度は開腹手術より少なくなっていることが最近報告されています。
【本手術の施行に支障がある場合】
腹腔鏡による手術であること、頭低位の体位で行うので脳圧や眼圧が上昇しやすいことなどから、次の疾患がある方は注意が必要です。該当する方はこの手術が可能かどうかについて担当医師にご相談ください。
1. 緑内障のある方
2. クモ膜下出血や未破裂脳動脈瘤のある方
3. 下腹部や骨盤内の大きな手術をうけたことがある方
4. 高度肥満の方、非常にやせている方、または骨盤の変形のある方
【手術時の合併症】
*出血
骨盤内は血流が豊富なので手術による出血量は50~300ml程度が想定されます。ほとんどの場合無輸血で手術が可能ですが、不意の出血に対する安全確保のため輸血の準備は行います。ロボット手術に移行してからは、輸血が必要となる確率は当院では1%以下となっています。
*周囲臓器損傷
まれに(1%以下)直腸、小腸、尿管などを損傷することがあります。通常は手術中に修復できますが、直腸の損傷ではごくまれに一時的な人工肛門が必要になることがあります。
*腸閉塞
腹腔内操作による手術なので腸の癒着剥離が必要なことも多く、手術後に腸の動きが一時的に悪くなる術後腸閉塞(イレウス)が数%の確率でおこりますが、ほとんどの場合数日の絶食で改善します。
*リンパ嚢腫
がんの根治性を高めるために骨盤リンパ節郭清を行うので、手術後にリンパ液が貯留してリンパ嚢腫ができることがありますが、ほとんどの場合保存的に治ります。
*感染症
手術後2~3日まで発熱することがありますが、持続する場合でも一般的には抗菌薬の投与で軽快します。
【手術後の後遺症】
*尿失禁
尿道カテーテル抜去直後には、ほとんどの方が尿もれ(尿失禁)を経験します。しかしおよそ9割の方は術後6カ月以内に改善し、一日一枚以下の尿パッドで管理できる状態におちつくことがほとんどです。
*性機能障害
原則として前立腺の両脇にある勃起神経は前立腺といっしょに切除しますが、がんの浸潤が限られ患者さんの希望がある場合、勃起神経の温存を目指すことも可能です。
*そけいヘルニア
約10%の方に術後にそけいヘルニア(いわゆる脱腸)が 起こることがあります。原因は不明ですが、後日ヘルニア修復術が必要になることがあります。
万全の注意を払って手術を行いますが、実際の手術では上記以外にも予想し得ない合併症が起こることがあります。万一そうした合併症が起こった場合は速やかにその時に可能な最善の対応をとらせていただきます。
【ロボット支援腹腔鏡手術の短所】
想定した以上の腸の癒着などで腹腔内操作が難しい場合や、出血や他の臓器の損傷がおきたときなどの不測の事態で鏡視下のロボット手術の遂行が困難になることがあります。執刀医がすぐに開腹したほうが安全と判断した場合には、その場で開放手術に切り替えることがあります。このような場合の術式変更の説明は手術終了後にご了解をいただくことになりますが、なにとぞご理解をお願いいたします。
【患者さん説明用パンフレット】
患者さん説明用パンフレット(ロボット支援腹腔鏡下根治的前立腺全摘除術)をPDFファイルでダウンロードできます。
ダウンロードは、左の画像をクリックしてください。